2021.3現在

こんにちは 「猫さんて誰だ」 見て来ましたか?

ここは、金子貞雄が「作風」以外に発表した作品掲載の頁です。

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嫌ひな奴  「短歌研究」令和35月号より転載

椅子から尻を浮かせて10秒保つことこの身に15セットを課す

マニラ沖で戦死と告げられ70余年父との距離の縮まること無し

妻と家居の1365日アンチ・ソーシャル・ディスタンス

五輪の輪の絡みを解きて子供らの輪投げ遊びのツールに使ふ

市川團十郎(だんじふらう)来訪記念にと寄贈されし陣屋桜ぞ熊谷に咲く

朝の陽に向き221礼す清しさ覚え日日の習ひに

嫌ひな奴に最も繁く近づけと嫌ひな奴の訓言に生く

 

狂風に死す   「短歌」令和35月号より転載

重大事続くこの世の楽しみに軽く軽く生きるを旨とす

吾が畑切り取り広げられし道犬に曳かれて人の通れる

自粛続きの身を解放し庭に続く4反5畝の畑地に遊ぶ

米を売り麦飯食らひ繋ぎ来し命の土地が邪魔者となる

後ろ手の母の顕ちきて風のなか日がないち日青麦を踏む

目覚むれば乾き死にたる土の色二階より見え瞑つても見ゆ

耕作のあてなき畑にも石見れば石拾はずにゐられなき気性(さが)

貸す側にもろ手あげしが農協の農地再編計画立ち消えとなる

天変地異にも生き来し土地も農政の向きさだまらぬ狂風に死す

役立たず無用の農地と棄てるにも散村を原野とするはかなはず

米麦(べいばく)をなりはひとせしわが家系稲麦いぐわいはすべてざつさう

花も実も愛でらるることなき八重葎草引く吾が手に纏はりてくる

 

蛙の第九   「うた新聞」R3.5月号より転載

悪疫の見えぬ鎖にしばられてわが家はなんきんの座敷牢

視覚障害者七人の短歌会電話会議方式にしてまたく障らず

恍惚の坂の手前でひそやかに意識しながらなすスクワット

コロナウイルスに疲れた人人眠らせて蛙の第九夜どほし続く

国家や言語に宗教・種族や肌の色 この頃よはひも分断の因

 

集福寺    『文芸熊谷』第7号より転載

格式の高き萬頂山集福寺清新の気湧く七堂伽藍

集福寺はわが学び舎に隣りゐて鬱蒼たりし寺領の杜は

集福寺の緑の深き杜に響くかなふかなふとひぐらしの声

奈良小学校発祥の地なる集福寺大くすのきは天にもそびゆ

 

集福寺の朱塗りの二層の鐘楼は四季をりをりに絵に描かれたり

人でありたし 「現代短歌新聞」2020.2月号より転載

 

「戦没者数約310万人」といふが「金子文雄」は数詞にあらず

ちさき集団の覇を狙ひゐし友ありき悪口雑言吐きて逝きたり

ひとつ誤解の解けざるままに心離れ長き親交に終止符打たる

右の頰を打たれて差し出したる左の頰を力に打ちて友は去りたり

アメリカファーストのドナルドトランプ氏はプロテスタントといふ

意に合はざれば核戦力もちひて脅す世にしゆうけうの力およばず

相互不信・相互破壊しあふ宗教不要 自然の中の人でありたし

宗教に政治をからめ民族をまぶしてごつた煮の星ふつとうす

総身を白衣につつむ教皇の雪片晩秋のにつぽんに降る

ローマ教皇と安倍首相の会談ありなにひとつ伝はらざるらし

ローマ教皇の言葉「憎しみに愛を」特別ならず異論なけれど 

長崎市を訪ひたるフランシスコの顔は夢を見てゐる教皇の風貌

 

づうづうしき平和  「短歌」令和元年12月号より転載

貧しさが只管にして懸命に生きるを強ひたり なれば今存り

上蔟の蚕を運びあげたる二階よりこの女(ひと)はいつも北支思へり

あら壁のまま遺されしこの家でこの女(ひと)は蚕を育て子供ら育つ

蚕業をなりはひとしつつこの女(ひと)は着る木綿の着物継ぎはぎをして

死んで堪(たま)るか負けて堪るかと遺りたる女の意地をつねに見て来し

生きることの難しき世を生きて生きて生きて女は生き尽くしたり

遺骨なき墓掘りかへし血縁の死亡告知書握りしめたき

不本意にも倒されし青年の木がいく時代経て若木を育つ

憎しみの歌作りてもなぐさまず犯罪者なきせんさうなれば

七十年余経しが議論は藪のなか虎追ひ出せぬことのくちをし

想定外と言へば責任まぬがるる まぬがるることばかりの頭脳

づうづうしき平和唱へし巨星墜つその意思勝手に継がせてもらふ

 

日日是好日    「歌壇」令和元年12月号より転載

親の子殺しまた子の親殺し涙も見せず心が見えぬ

国防の核爆弾や護身銃が麻薬となりてやめられぬ国

何を急に強く言ひ張り始めしや思ひめぐらす三猿の辻

難航の会議もお昼前に終へ帰路のうな重は中村屋とす

漠漠の空のいづこにと顔上げて妻と雲雀を声に探せり

焼香の列にならびて伝ひ来るひとつの情に溺れつつをり

黒髪に隠るるあたりにあるほくろ秋の風来て折折に見ゆ

陽の光頂くごとくひとつずつ爪先立ちて琵琶の実をもぐ

マイ・ファースト世界を日本を侵蝕し民主主義も絶滅危惧種

ひぐらしの声の突き刺し降る森に声を殺してホームレス住む

つね日頃化粧(けは)ふことなき親友のエンゼルメイクのうすき口紅

武田双雲の自分を無にすとふ言葉雑誌に見つけ手帳にメモす

 

 忍辱を強ふ   「短歌研究」令和元年6月号より転載

三猿の辻に進路を右にとりしあの選択の誤りてゐし

御詠歌をお唱へしつつととのはぬ心に持鈴(ぢれい)鉦吾(しやうご)の乱る

啓蟄に蛙いつぴき庭にゐて希望のありか探る目をせり

このあした何に不満か幼児(をさなご)が靴下履かずぐづぐづ愚図る

高級な乗用車にてわが進路に割り込んできて忍辱(にんにく)を強()

屋根に来しふくら雀の間諜らは広辞苑に無き符牒をもちふ

高校受験の息子の進路を曲げさせしが心に痣となりて遺れる

 

ぼんぐぼんぷ   「うた新聞」2019年4月号より転載

神棚に供へしことを忘れたる榊は榊の色のまま枯る

足元にすり寄りてきて嬉しげな煩悩の犬嫌ひではなし

省みず他人をあれこれ言ふ吾とふと思ひつつなほも祈願す

小麦作りやめたる畑の仏の座の花愛でて人はこゑをあげたり

吾の意にさからふ彼奴は唾棄すべし瞋恚の蝋燭(らふ)の燃えてやまざる

 

漱石・ものにならず   「短歌往来」H31・3月号より転載

白ヘルを被り自転車に乗る爺ちやんと我はまるまる不審者のごと

漱石の練習のさま落車追突数知れず「自転車日記」に無惨を記す

思ひひとつ浮かびて以来ママチャリで一万四千キロを乗り継ぐ

自転車を買はむと誘ひ連れ行きしは廃品の山と今も子の言ふ

自転車に三角乗りして走り出すこの絶妙のバランスの快感(くわい)

小学校の往復いち里の通学路 より道ちか道はあぜの道 

牛車リヤカー自転車草の道白黒写真に見られる調和

 あしたが見える――「うた新聞」平成302月号より転載

 

関係のしたしきなりに悩ましき神社のうらの罠蟻ぢごく

このことは言はずに墓場へ持ちゆくとふ私にだけの秘密の話

うつうつの顔あげて視る西の空あしたが見えるごとく晴れやか

意を尽くさぬ短き文にムッとくるパソコンメールに絵文字で返す

進化しても良ささうなほどに歳とりし猫がいまだに喋らずにゐる

 

 

色鳥の園  2017.5.20埼玉文芸叢書「彩」より転載

 

豪族の家に生まれて宿本陣つとめし当主の庭園巡る

回遊式庭園望む数寄屋にて竹の濡れ縁を月見台とす

月見台より茶室へ続く飛び石は天柱石とふ朝鮮の石

茶室よりややに離れし待合所面影人らその時を待つ

池の辺の樹蔭のあぢさゐ乾きたる花まりのまま冬に入りゆく

さはがしき心のままに来て観れば深緑の木木静水の池

深緑の影なす色に見分け難く玉の池深くうろくづ動く

てんでんのやうで緩やかな群として池のあちらへ鯉移りゆく

日陰より日向に出でし池の鯉尾びれひと振り向きを変へたり

玉の池にややに沈める木の小舟椎の古木に寄せて繋がる

樹樹の間を抜けて貧しき冬の陽のあな池底の土に耀く

悠悠の翁のやうな池の鯉冬の陽のさすあたりをゆらり

許すとは受け容れること玉の池に棲める真鯉の命数を問ふ

昼間(ひる)暗き古園の小径行きなづむ 世俗に遠き色鳥(いろどり)のこゑ

木漏れ日を頼む木蔭の山茶花の高き細枝に幾花かかぐ

猛暑日に散水してゐし面影も顕ちくる冬の熊谷草に

戦火にも耐へて聳えるくすの樹を光の中にふり仰ぎ見る

ヒヨドリの鋭(と)く高きこゑ楠(くすのき)のこずゑにありて穏やかな冬

木漏れ日を浴びつつ想(おも)ふ常盤木(ときはぎ)を選りて植ゑたる当主の心

手をとりて古園出で来し若者に冬の澄みたる光あつまる

利根悠悠 「短歌研究」2017年5月号より転載

 

ママチャリでの走行十年一万㎞悠悠閑閑戦火に遠し

人間は自然を許さず利根川の築堤しばらく真直つづく

きさらぎの陽に映え絹布ひとすぢを晒せるごとき坂東太郎

自転車にて探し来しとふ女学生荻野吟子の像を両手にさする

うらうらと照れる春日に耀きて天のまほらをグライダー舞ふ

癌を病み眼を病み人の死にもあひに幾度渡りし利根刀水橋

利根対岸の飛び地の山芋農民歌人田中佳宏若すぎし死に

中 庸  2017.4埼玉文芸家集団会報第28号より転載

 

右の頰をうちたるものを許しつつ左の頰を出すまでの間

心にはいささかの傷負ひつつもひそひそ話夢と聞きをり

飲用をいざなふ札を掲げたるゆうすいもある山の径行く

 

齋藤重郎氏二首 

ほほゑみと中庸をもて生きゐるは老の鑑と導かれ来し 

勲四等瑞宝章を胸に飾りゑまひかすかに奥様に添ふ

一本榎――熊谷市塩  2017.3.20『文芸熊谷』第5号より転載

 

いたづらに駆けて来しかな威風ある一本榎に立ち止まりたり

一本榎の地際の幹のふた分れ象の子立ちて組み合ふごとし

立ちしやがみ寄りてさかりて写真家は一本榎の百態を撮る

田仕事に疲れし人らあひよりて一本榎の日かげにいこふ

何はともあれ今を大事に生きてゆく枝葉ゆたかな一本榎

酉の市  現代短歌新聞 2017.1月号より転載

 

戦災の類焼とどめし宮の杜酉の市の手締めに沸けり

拍子木に家内安全手拍子も加はり商売繁盛繁盛繁盛

いちご飴を口に銜へて手拍子に喜びいさむ間なく三歳

酉の市ここより一年始まると三十万円の熊手も売れる

酉の市施主を囲みし手締め終へ熊手笑顔に引き取られゆく  

青淵立像――H28.12.1「熊谷短歌会会報」第18号より転載

 

深谷市民の熱き思ひは誠至堂解体三日前の英断

論語を手に上毛三山遠望する青淵立像の思慮深き容貌 

今様の数十倍と案内人大きさを説く青淵池と青淵翁の

渡欧せしは二十七歳にして庭前の青淵立像美男子におはす

日本煉瓦製造会社株金負担人澁澤榮一金五万圓との証跡あり 

青淵の史跡いづこもガイドゐて感動きはまるそのおもてなし

伴 侶   「うた新聞」H2811月号より転載

  

胃腸心肺次次病みて誘発の因を報いと知ればうべなふ

癌病むはこれも命運新たなる伴侶と思ひその歩に合はす

外見でわからなぬ病の苦しさを幾度言へどひとはおぼへ 

 

癌で胃の全摘手術を受けてから病と闘う意識を捨てた。その後も喉頭癌・大腸腫瘍・腸閉塞、心不全や肺気腫・間質性肺炎・リュウマチなど。戦って勝てるわけがない。伴侶としてお付き合いして行こうと思っている。 

 私利私欲  H28.10「埼玉歌人」第94号より転載

 

 妻沼聖天様(しやうでんさま)近くに行けばいつの日も私利と私欲にさい銭投ず

 ハシブトの鴉ガ鳴かふが鳴くまひが予約診療なれば出掛ける

 右や左にまた離りては寄り立ちしやがみ写真家一樹を百態に撮る

特集「いたづきの歌」  「うた新聞」H2811月号より転載

 

伴 侶  

 

胃腸心肺次次病みて誘発の因を報いと知ればうべなふ
癌病むはこれも命運新たなる伴侶と思ひその歩に合はす 
外見でわからなぬ病の苦しさを幾度言へどひとはおぼへず 

 

 癌で胃の全摘手術を受けてから病と闘う意識を捨てた。その後も喉頭癌・大腸腫瘍・腸閉塞、心不全や肺気腫・間質性肺炎・リュウマチなど。戦って勝てるわけがない。伴侶としてお付き合いして行こうと思っている。

笛吹きケトル        『短歌往来』平成28年8月号より転載

 

 自衛隊海外派兵の傲慢さ笛吹きケトル誰か止めてよ

 八月の庭石の上にあらはれし蜥蜴はわれに目配せをせり

 外交に稚拙な総理アメリカの目目歯歯戦略の尻馬に乗る

 炊きたての米の()の味試食(ため)したるインドの人の満面の笑み

 いく筋もの香たき花と水をもて年齢(とし)さだまりしものを慰霊(なぐさ)

 宗教宗派民族不問の呼びかけは霊園広告にしてこの世は不穏

 抵抗のシュプレヒコール波立てどうねりとならず(ふね)をゆかせり

い の ち        「短研研究」H285月号より転載  

塵労(ぢんらう)のこころ濯がれし日の常にわれ梳きやりき三毛のミミの身

ミミと我らこころ添ひつつ添はれつつ十九年間ともに生き来し

逝くはうも逝かせる方もなんとなく納得づくのやふに過ぎゆく

横たはる身はそのままに悲鳴にも似たるひとこゑ啼きてしづもる

シャベルもて小石除けつつ掘りし穴にひとつのいのち土に覆へり

死をもちてなべては薄れゆくつねに繋がりとして石ひとつ置く

人間にかんさんすれば九十五歳 獣医よりの言葉を妻繰り返す

あんをんと     「短歌」 H28年2月号より転載

 

早暁の畑に日日を起こしたる母と子ありき戦ののち

あんをんとさう安穏と生き来しを七十四歳悪怯れもせず

ワンクリックで(おとな)ひ来たる『わたしはマララ』揺らぐ大人の表情を見す

行動より生れし言葉言ふときのマララ・ユスフザイ眼鋭し

タリバンにもテロリストにも教育をと叫ぶ少女の齢十六歳(じふろ

一冊の本一本のペンの力を信じゐる少女の言葉吾を励ます 

この(あした)味噌汁の香の広がれりそれだけで今日は人を愛せる

祈事    「沙羅」H28年1月号より転載

 

妹に意地悪されし姉が泣く幼き者は幼きなりに

幼らは御節(おせち)の席に着かむとし教へもせぬに椅子奪ひ合

熊谷は猫の(おうち)菖蒲町(しやうぶ)は犬の(おうち)と幼らは(ぢぢ)(ばば)の家を呼び(わ)

たかむらのふくら雀とたはむれて二〇一六年の歳旦を()

祈事(ねぎごと)は家族も世界もひつくるめ心に秘めしひとつこととす